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大阪高等裁判所 平成6年(う)196号 判決 1994年8月19日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人金田高志作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官西尾精太作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意中、法令適用の誤りの主張について

論旨は要するに、原判決は被告人が採取した本件石サンゴが自然公園法一七条三項三号に規定する「土石」に該当すると判断したが、このような解釈は刑事法が禁止する類推解釈または不当な拡張解釈であり、右は判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りである、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査して検討した結果、原判決の右判断は当裁判所も正当として是認することができる。

すなわち、自然公園法は、すぐれた自然の風景地を保護するとともに、その利用の増進を図り、もつて国民の保健、休養及び教化に資することを目的として制定されたものであるが、同法一七条は、右目的のもとに国立公園又は国定公園の風致を維持するため、その区域内に特別地域を定め、同条三項でその地域内での工作物の造築、木竹の伐採、土地の形状の変更などとともに、土石の採取を原則として禁止し、その採取を環境庁長官等の許可にかからせている(同項三号)。そして、同条七項二号では、通常の管理行為、軽易な行為その他の行為であつて総理府令で定めるものについては右許可を要しないとし、同法施行規則一二条一九号はこれを受けて、土地の形状を変更するおそれのない範囲内で土石を採取することは許可を要しないとしている。これら各法規の立法趣旨及び相互の関係に照らせば、自然公園法一七条三項三号に規定する「土石」とは、国立公園等の特別地域内で、その採取が土地の形状を変更することになる土石をいうが、それには岩石学的な意味における土と石に限定されず、右地域内の地形を構成し、土や石と同等に評価できる自然物も含まれると解するのが相当である。

これを本件についてみると、被告人は吉野熊野国立公園の第一種特別地域に指定されている原判示海岸において、その波打際の岩場に散在する石サンゴを七七三個拾い集めて採取したのであり、その石サンゴはサンゴの死殻ではあるが、握りこぶし大から直径約四〇ないし五〇センチメートルの楕円球形もしくは多角錐形の塊で、一般にはサンゴ石ともいわれており、原判示海岸の岩場の地形を構成しているものであるから、被告人の本件行為は自然公園法一七条三項三号において禁止された「土石」の採取に該るということができる。

所論は、自然公園法一八条の二第三項一、二号及び自然環境保全法二七条三項三、五号に土石の採取のほか、これと区別して、さんごの採取の規定があることを根拠に、自然公園法一七条三項三号の土石にはさんごの死殻を含まないと解釈すべきであると主張するが、右両法条は海中公園地区、海中特別地区においてのさんごその他の動植物の保全、保護のための規定で、本件条文とはその趣旨を異にするものであるから、右規定が本件条文の意味内容の解釈に影響を及ぼすものではない。所論は採用しない。

以上の通りであるから、原判決に所論のいうような法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、被告人において、自己の採取した石サンゴが採取を禁止された土石ではないと考えていたのであるから、被告人には故意がなかつたのに、これを積極に認定し、有罪とした原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

しかし、被告人が本件海岸では土石の採取が禁止されていること及び自己の採取したものが一般にはサンゴ石といわれている石サンゴの死殻であることを認識していたことは、関係証拠上明らかであり、これらの認識のうえに本件行為に及んだ以上、故意の要件としての事実の認識に何ら欠けるところはなく、被告人に故意を認めて差支えない。更に、右石サンゴの死殻が法令により採取を禁止されている土石に該当しないと考えていたとしても、それによつて故意の認定が左右されるものではないことは原判決の説示のとおりである。論旨は理由がない。

三  次に、論旨は、本件は起訴猶予を相当とすべき事案であるのに、公訴権を濫用して不当に起訴されたものであるから、公訴棄却すべきであるところ、有罪判決をした原裁判所は不法に公訴を受理したものであると主張するが、本件事案の性質や内容、社会的影響などを勘案すれば、本件が起訴猶予を相当とすべき事案であるとは到底考えられず、本件公訴の提起がその権限を濫用してなされたとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑訴法三九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 逢坂芳雄 裁判官 七沢 章 裁判官 米山正明)

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